1 :天之御名無主:03/01/18 0540
かごめかごめ♪のスレを読んでふと気になりました。
とおりゃんせ とおりゃんせ ここは何処の細道じゃ
てんじん様の細道じゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ ごようの無いものとおさせぬ
このこのななつのお見舞いに お札をあげに参ります
いきはよいよい かえりはこわい
怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ
歌詞は合ってるか? この続きはあるのか?
どういう状況なのか?
ご存知の方宜しくお願いします。
2 :天之御名無主:03/01/18 0545
お爺さんが七歳になる孫の為に天神様の
というような話を聞きました。
所にお札を納めに行くが、天神様の社までの道のりは
魑魅魍魎がうようよいて、
行きはお札を持っているから無事に行けるが
帰りはお札を納めてしまうので無防備で
何が起こるかわからなくて危険だ・・・
2番は知りません
3 :天之御名無主:03/01/18 1524
「このこのななつのお祝に〜」かと思ってた
5 :でたん:03/01/18 1549
日本の神の、恵みと崇りを与える二面性を表しているのでは?
天神として祭られた菅原道真の場合で言えば、
もとは怨霊だったのが後に農業の神とされ、さらに時代が下って学問の神となったように。
8 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/18 1900
とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神さまの細道じゃ
私の歌って来たものの方が訛っていますね。
ちいと通して 下じゃんせ 御用の無いもの 通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります
行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ
10 :天之御名無主:03/01/19 0106
この歌は、埼玉・川越の三芳野天神が発祥と聞いた。
この神社に参詣するには役人の厳しいチェックがあり(なんでそんな厳し
かったのかは忘れた)、それを歌ったんだとか。古くは「御用のない者通
しゃせぬ」が「手形のない者通しゃせぬ」だったそうで、関所に関係する
歌という説もあるらしい。関所を出るのは比較的簡単だけど、領内に入る
のには通行手形がないと難しいんだとかで。
歌の雰囲気から、人身御供とかを連想させるけど、江戸時代以降の歌で、
土俗信仰なんかとは関係ないようだよ。
11 :天之御名無主:03/01/19 0133
>>10
どうして帰りは怖いの?
18 :天之御名無主:03/01/19 2104
あれ、にてるね、日本と外国の童歌遊び
<とおりゃんせ>
http://hirata.virtualave.net/WARABE.htm
歌 A:とうりゃんせとうりゃんせ
B:ここはどこの細道じゃ
A:天神様の細道じゃ
B:ちょっと通してくださんしぇ
A:ご用のない者通させぬ
B:この子の七つのお祝いに お札を上げにまいります。
A,B:行きはよいよい帰りは怖い 怖いながらもとおりゃんせとおりゃんせ
2人が門番、その他大勢母は親の後ろに着く。
AとBの対話があり,ABいっしょのところは、門番が向かい合って手をつなぎ手を
上に挙げる。
その下を母親と子供たちが通っていき,最後のとおりゃんせで手を下ろし捕まった
子どもが、門番と交代する。
<ロンドンブリッジ>
London bridge is falling down,falling down
falling down,
London bridge is falling down,my fair lady
2人に橋を造らせその中をくぐらせて回っていく。
歌の最後で橋が落ちたときに中にいた子が橋になる歌の速さに合わせて進む。
19 :天之御名無主:03/01/19 2110
通りゃんせ —- 江戸時代童謡/編曲 本居長世(大正10年9月(1921年)編曲)
有名な江戸時代から伝わる子どもの遊び歌。
二人の子どもが向き合い、手を上で合わせて門を作り、この歌をうたいながら
他の子らがくぐり抜ける。歌が最後に至った時、門の中にいた子が次の門の役と
して交替しなければならない。
同じ江戸期の「お月さまいくつ」(「向う横丁」を参照)も、歌詞を少し変えて同じ
遊びをする。
歌詞は、川越城内の「三芳野天神(みよしのてんじん)」をテーマにし、「七五三」の
お参りに出かけて帰る参道の様子を描いていると言われている。
神社が城内にあったために警護が厳しく、それゆえ「帰りは恐い」という文句が
あるのだという。
音楽的にも、最後の部分が急に盛り上がるようになっており、遊戯歌としても、
うたうだけにしてもちょっとした緊迫感を誘い出す見事な構成がなされている。
通りゃんせ 通りゃんせ
こゝは何處の細道ぢゃ
天?さまの細道ぢゃ
ちっと通して下しゃんせ
御用のないものァ通しゃせぬ
この子の七つのお祝ひに
お札を納めにまゐります
行きはよいよい歸りは恐い
恐いながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
http://www.d-score.com/ar/A02091106.html
20 :天之御名無主:03/01/19 2119
・「埼玉の伝説」 早船ちよ・諸田森二 角川書店・日本の伝説18 1977年(埼玉伝説散歩/小江戸の賑い・川越)
初雁城は太田道真・道灌父子の手になるものだが、城を築くにあたり、うるわしくも悲しい一つの物語がある。
地形的に三方が田で泥は深く、南は底の知れない淵があって、土塁を築くことができずに困っていた。
ある夜、道真の夢枕に竜神がたち 「この地に築城することは人力では及ばない、神通力が必要だ。明朝、
汝のもとに一番早く来た者を人身御供としてさし出せ」 といった。道真は事の重大さに驚き、不審に思ったが、
いつも一番早く自分のところにくるのは愛犬だったから、ふびんとは思ったが承知した。
翌朝、いつもより早く起きた道真は、愛犬のくるのを今か今かと待っていた。
と、そこに現れたのは娘のよね姫であった。これを見た道真は涙を流して立ちすくむばかりだった。われに
かえった父道真は、昨夜の竜神の話をしたところ、娘もまた同じ夢を見て、覚悟をきめ、城のため、人々のために
自分が犠牲になろうと思って来たという。しかし、いかに築城のためとはいいながら、最愛のわが子を人身御供に
できるはずがない。そこで道真は静観することにした。
しかし、ある夜のこと、人目をしのんで館をでたよね姫は、城の完成を祈りながら淵に身を投げて、みずから貴い
犠牲になってしまったのである。
初雁城は一名霧隠城ともいわれ、敵の攻撃を受けても、城中の霧吹きの井戸の蓋を開ければ、無限に霧が
たちこめて城といわず町までも包みこんでしまったという。現在野球場の一角に、その霧吹きの井戸は残って
いる(現在は市立博物館にあります)。
当時この井戸を毎年二月二十五日の天神様の祭日に限り一般にも拝観を許し、両側に白い幕を張って
役人がついていて、通る人をしらべたという。それを歌ったのが、
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
少し通してくださんせ
ご用のないもの通しません
この子の七ツのお祝いに
お札を納めに参ります
豆どん豆どん、豆どん豆どん豆どん。
といったものであったという。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/minwa2.html#saidenkiri
28 :天之御名無主:03/01/20 2125
だれでも知っているこの童謡に、天神様が出てきます。
天神様に七五三のお参りに行くときの歌のようです。では、なぜ帰りはこわいの
歌詞は、「とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ
どうか通してくだしゃんせ 御用の無いものとおしゃせぬ この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります 行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも
とおりゃんせ とおりゃんせ」。
でしょうか?。
正解は、確かなことはわかりませんが、かつては、「御用の無いものとしゃせぬ」の
ところは、「手形の無いものとおしゃせぬ」と唄われていたようで、江戸時代の関所
(特に箱根の関所)の通関の厳しさを唄ったものという説が有力です。
箱根の関所は、関東の入り口ということで厳重を極め、手形を持たないものは絶対に
通さず、特殊な事情(親の重病や主人の危篤など)の場合のみ哀訴して通してもらえ
ましたが、その帰りには決して通してもらえなかったそうです。
この他、面白い解釈として、これは人間が母親のお腹の中から生まれてくる時の
ことを唄ったものという説もあります(前にどこかで聞いた話で出典不明)。「細道は
産道、だれでも通れるわけではなく、生まれる意思と目的を持ったものだけが通れ、
しかも、いったん生まれると後戻りはできず、帰るときは死ぬときである。」という解釈
です。ちょっとこわいような、哲学的な解釈です。
また、この歌の天神様はどこにあるのか、これも定かではありません。
埼玉県川越市の三芳野神社は「とおりゃんせ発祥の地」とされており、京都八坂神社の
牛頭天王が歌の中の天神様であるとか、京都の北の天満宮の近くに「天神様の細道」が
あり案内板もたてられているとか・・・・・・・・・・・。
http://www.konanmachi-stm.ed.jp/kyoui/oboegaki/tenjin.htm
29 :天之御名無主:03/01/20 2213
「往きはよいよい帰りは怖い 怖いはずだよ狐が通る」というのを聴いたことがあるなあ。
あと、手と手をあわせて作る門は、鳥居だとも。
31 :天之御名無主:03/01/25 2051
天神様ってなんの神様なんだろう?
32 :天之御名無主:03/01/26 0306
>>31
祇園天神という説もあるみたいだけど。
天満宮に祀られている菅原道真公じゃない?
33 :天之御名無主:03/01/28 2317
道真君を迫害した側の子孫の人間が、天神様へ子供のためにお参りに行く歌かな。
背中を見せると正体がバレるjというからね。そういう光景を庶民が想像して歌にしたなら
長く伝わるのに丁度いいものになるかもねぇ。
35 :天之御名無主:03/02/10 2051
オカ板だったかで、子捨ての歌だって解釈を聞いたことあるな。
子捨てが横行していた時代、当然捨てられた子が生きていけるはずもなく、信で
いった訳だけど、天神様(どこのかは不明)に捨てた子だけは健やかに育って
いったと(神社で養ったのか?)
で、そういう子捨てをみはるお役人が「ご用のない者通しゃせぬ」といって、母親が
「この子の七つのお祝いに〜」と真意を偽って通ると。
だから、子供を連れていない(捨ててきたことがばれる)「帰りは怖い」だって。
40 :天之御名無主:03/03/11 1104
お札やお守りをいただくのならわかるけどね。
大まかな場所しか知らず、夕暮れ時ならよくわかんなくなるってのはあるかも。
いつから七五三の風習ができたのかは知らないし。
当時からあったのかな?
帰りが夜になるかもしれない。
・・・こんなんじゃ推測にしかならないねー。
41 :天之御名無主:03/03/11 1427
「行き」に検問されているのに、「よいよい」とは何事だろう、
そもそも、「七つのお祝い」「お札を納める」という申告自体、
参拝客が大勢いて警備が甘いということか?
「帰り」が怖いような立ち入りとは、検問の対象となるような目的で
もぐりこんだが、帰りには発覚の恐れが高いというのか?
帰りが暗くて足元がおぼつかない、と理解すると
「御用の無い者通しゃせぬ」に由来する、
主人公の緊張感が浮いてしまうようにも思える。
とっさの思いつきで言った嘘の釈明だったのではないか?
警備員は不審に思い、言っただろう「本当にそれが目的なんだな、
では通ってよろしい。納札後、そのしるしを提示しなさい、
帰りの検問で厳しく取調べをするからそのつもりで」
→仮定を重ねるが、そうだとすると
何が目的で細道に侵入するのか?
「ここはどこの細道」「ちょっと通して」この言葉、
大きいたくらみがないこと、を演出していないか?
ならば大きいたくらみがあるんだろう。
上のレスにいくつかこの仮定にふさわしいのもあるが、
皆さんの追究を乞う。
44 :天之御名無主:03/03/11 2047
私も間引きの歌という話を聞いたことがあります。
昔は「七つまでは神様の子」と言われていた。
ちなみになぜ 七つの〜 となっているかと言うと
ゆえに七才になるまでは、捨てに行くことはなく、
七才になってから捨てに行っていた。
ということらしいです。
48 :天之御名無主:03/04/07 2229
>>18
その遊びって、確か、母が天神様にお参りに行くんだけど、
道を間違えて、異世界に入り込んじゃって、亡霊と一緒に
歩かなければならなくなった。って、話を聞いたことがある。
49 :天之御名無主:03/04/07 2233
>>48
供養してくれる人がいない人は、死ぬと、自分で供養しなければ
いけないから、死んだ場所と寺や神社を行き来しなければいけない
ため。
50 :天之御名無主:03/04/07 2237
>>48-49
その母親はその列に入っちゃったってことは、永遠に歩かなければ
いけないわけだ。ってことは、その遊びでは、門番役のほうが
いいのかな。
52 :天之御名無主:03/04/10 1142
>七つまでは神様の子
それって当時の幼児は死亡率が高いから、
「まだ人間になってないんだから、死んでしまっても悲しむことはないんだよ。
神様の国に戻っただけだ」
てな意味じゃなかったっけ。
58 :天之御名無主:03/05/22 1615
この歌、
御用ってのは命のことだ、っての聞いたことあるよ。
うろ覚えなんだけど。
だから、女の子はもう死んでるんだそうな。
だから・・・っていったいどういう??
59 :天之御名無主:03/05/22 1624
セリフを誰が言ったのか考えると面白いかも。
母「とおりゃんせ、とおりゃんせ」(子に)
子「ここはどこの細道じゃ?」(母に)
母「天神様の細道じゃ。」
門番「御用のないもの通しゃせぬ」
母「この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります」
ここまでがストーリーとしての歌で、
後のは、こういうのが「子捨て」だとわかっている当時の子供たちの
囃子歌だったんじゃ・・・?
つまり
子供たち「行きはよいよい、帰りはこわい」
お母さんはそうは言ってるけど、それは捨てられるんだよ、
行きは(子供にとって)よいけど帰りはないよ、みたいな。
61 :天之御名無主:03/05/23 1750
漏れは方言の本で、
「疲れた」と言うのを、
「こわい」と言う地方があるってのを読んだぞ。
そのページに「とうりゃんせ」の事も欠いてあって、
行きは楽チンだけど、帰りは疲れるって意味だと書いてあたよ。
消防用の本で読んだ時も消防だったから確かなことはいえんが。。。
64 :天之御名無主:03/05/24 2034
>>61
「こわい」とは秋田の方言に良くありますよ
66 :天之御名無主:03/05/25 1229
「情(なさけ)深い」ことを「情がこわい」というよね。
子を捨てたけれど、帰り際に、本当に見捨ててこれるかどうか、
「強い」のほうだろうけど。
ともとれるかも。
この母子はどおやら「子捨て」に行くみたいだが、
果たして情け容赦なく捨てられるかな、みたいな。
82 :天之御名無主:03/07/17 0023
7歳以下(未満?)で死ぬと三途の川で迷うって話あって、
で、母親が死んだ(殺した?)子の7歳をお参りすることで
「いきはよいよい かえりはこわい」ってのが
現世に産まれてくることが出来ても、死後成仏できず
魂が三途の川にとどまって輪廻転生することが出来ない。
ということだと聞いた覚えがある。
その魂が再び輪廻転生の輪に還れることを願ったそうです。
という事で、「怖いながらも とおりゃんせ」は
怖いけれども帰り道を通って、魂が再び輪廻転生出来ますように。
って意味だとかなんとやら。
88 :天之御名無主:03/07/18 1220
とおりゃんせって部落差別の歌だとして
http://jhs.misho.ehime.jp/nakatyu/sonota/tayori6.pdf
放送禁止歌になっているそうですね。
ってことは、帰りは怖いっていうのは
行きはお札を納めるという大義名分があるから
安全な道を通してもらえるけれど
帰りは部落の中を通らないといけないから怖いってことかな?
と思いました。
89 :天之御名無主:03/07/18 1838
>>88
そうなるととおりゃんせ発祥の地=三芳野神社は間違いってなりそうだなぁ。
作られたのは江戸以降らしいし流石に被差別地域に城は作らないだろうし。
地元民としてはちょっと悲しい。とおりゃんせのイベントとかあったのに…
すぐ横に市営プールと公園があったから昔はよく行ったよ。
物見櫓とか懐かしいなぁ…久しぶりに行ってみようかな。
90 :天之御名無主:03/07/19 0210
>>89
いや逆に、武具や鞍を作るのに皮が必要だからお城の周りに
>流石に被差別地域に城は作らないだろうし
「カワタ」と呼ばれる被差別部落の人たちを集めていたそうです。
(宮田登 「ケガレの民族誌」より)
だからお城があるなら発祥の地である可能性は一層高いのではないかと
思われます。
91 :89:03/07/19 0400
>>90
成る程…無知な推測スマソ。
そう考えると
行きは札を納めるって理由があるから城の中の安全な道を通れるけど
帰りは被差別部落を…って>>88の推測が正しいのかも。
でも全く関係無いのに『連想させるから』って無茶な理論で差別表現になったりもするからなぁ…
丁度夏休みだし博物館とか行って色々聞いてみようかな。
92 :天之御名無主:03/07/19 1344
>でも全く関係無いのに『連想させるから』って
無茶な理論で差別表現になったりもするからなぁ…
そうなんですよね。他にも蛍の歌とか(「あっちの水は苦いぞ」のあっち
が被差別部落を差していると解釈され差別だから
禁止とか)の禁止理由を見るとこじつけだろう!と思いますし..。
博物館でお話聞いたらぜひまた教えてくださいね!
96 :天之御名無主:03/08/09 1530
帰りゃんせ 帰りゃんせ
お宮のご用がすんだなら この道通って帰りゃんせ
お宮のご用はすんだけど かわたれ時にはお化けがでます
帰りのお土産何買うた おすしにお団子 柏餅
おすしをくれねば通らせぬ
おとっさんのお土産上げらねぬ
お団子くれねば通らせぬ
お母っさんのお土産上げらねぬ
取った子返せば通らせる
返しましょう 返しましょう
言ったはずだよ 帰りがこわい...
97 :天之御名無主:03/08/09 1533
↑が「通りゃんせ」の返し唄だと聞きましたが、
本当なの?
109 :天之御名無主:04/08/03 1738
この子の七つのお祝いというのは七五三のことらしい。
七五三のお宮参りが住むまでは子供は神様のもので、
死んだ子供の魂は神様の元へ帰っていく。
天神様の境内で殺せば子供の魂は迷わずまっすぐ天国へ行ってくれる。
母親はそう考え天神様に子供をつれてお参りに行き、そこで子供を殺した。
殺した子供を埋め、母親は急いで家へ帰っていく。
決してうしろを向いてはいけない。
少しでも振り向くと子供は母親に呼ばれていると思って
黄泉(死後の世界)から帰ってきてしまう。
殺したはずの子供の幽霊が母親を恋しがってあとをついてこようとする。
それが「帰りは怖い」の理由。
「行き」は「逝き」、「帰り」は「甦り(黄泉帰り)」に通じているのだという。
「通りゃんせ」は、貧しい農村で起こった子殺しの歌だという言い伝えがあるそうだ。
ということをある本に書いてありました。
奥が深いですね。
110 :天之御名無主:04/08/04 0109
なんでえ。>>10にとっくに出てるじゃないか。
発祥は川越の三芳野神社で間違いないですよ。
地元民なんで行ったことあります。歌の縁起の看板も地味にあります。
ついでに、天神様はマジで菅原道真公ですが。
確か江戸時代に建てられたから、そんなに古い神社ではないんですよ。
全部の神社が昔からあるとは限らないでしょ。
ただの空き地に新しく作ることもある。政治的に、とか。
「7歳まで子どもは神様のもの」というのは本当で(七五三)、
札を預けると子どもは神様から自立しなきゃならないのも本当だけど、
城の中の神社だったから、七五三の時の年に一回しか入れなくて
だから警備も厳重で役人(権力)怖い、とまあ
えらぶってる怖い役人を子どもたちが皮肉った童謡ですわなあ。
返し歌は聞いたこと無いですが。
よく分かんないけど、童謡に返し歌ってあるもんですかね?(俳句なら知ってるんですが)
少なくとも川越のとは無関係か。
色々含みのある歌詞の上に、音程と全体の歌の流れがなんとなく怖いので
割と創作にも使われてますが(鬼切丸は読んだ。アレ替え歌です)
地元民としちゃ、あんまそういうイメージ沸かないなあ。
川越って米がいっぱい取れる比較的豊かな地域だったし
「貧しくて子どもを…」が由来とは言い難いねえ。
城中の神社の中で一般市民が殺人とかできないし
船貿易で栄えてたからそれ程田舎でもなかったしねえ。
まあ、陰惨なイメージの解釈のが面白くはある。(不謹慎)
そういうの好きな人は春に来ると桜が綺麗です。(大したこと無くて拍子抜けしそうだが)
111 :天之御名無主:04/08/04 0401
通りゃんせ、通りゃんせ、ここは何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ、
○この童謡と似たものは全国各地に存在する
ちょっと通してくだしゃんせ、ご用のないもの遠しゃせぬ、
この子の七つのお祝いに、お札をおさめにまいります、
行きはよいよい帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ
○「童謡」という語は、中国の「漢書」、「後漢書」、にならったもので
「日本書紀」などに用例が見られる
○日本の「童謡」は中国と違って本当の子どもだけが唄うものとは限っていない
○「わざうた」と訓読みしていたことから推測して、
神的な存在としての童子装束者の口を介して表現される、
社会批判や忠言、あるいは言祝をさしていたと思われる。
童謡=風刺歌=忠言歌=呪術歌
113 :天之御名無主:05/02/16 134751
怖い歌を扱ってるスレがここしかなかったから、ここで質問させて下さい。
私は見た記憶が全くないから気になってるんです。
一昔前にネピアだったかエリエールだったかのCMに使われてた外国の歌が
呪われてると聞いた事があったんだけど、知ってる人いますか?
外人の赤ちゃんが鬼の格好して踊ってるCMみたい。
115 :狼?:05/03/08 191405
部落伝承だったと思うが、七歳未満の子は神の子で、食べ物に不自由する、この世の苦しみから開放するという意味で「送り返す」のだそうな…(ある意味間引き)
そういえばなんかのマンガでとおりゃんせをモチーフにした反魂の話があったなぁ…
いろんな意味、解釈があるそうだが、どちらにしても幼い子供の命をどうにかするような感があるなぁ…
116 :天之御名無主:05/03/17 031856
川越出身です。
>>113
>>10 ,>>110があたり
オカルトとは無関係。小学生の頃課外授業で神主さんか関係者が語ってくれました。
>>115
だから漫画とか噂の浅い知識でいうなよ
そういうのが蔓延してっから都市伝説とかマジに信じるやつ出てくるんだよな。
とうりゃんせの歌は答えが出たからFAね。
クリネックスのCMは散々既出、ぐぐるとかいう考えないのか?それに板違い。
ちなみにオカ板では定番のネタだよこれは、ちゃんと怖い音楽スレもある。
使われている曲はMiss JaneのIt’s a Fine Day
内容は実に明るい歌詞だがCMでは当時珍しかったアカペラだったのと
子鬼と背景が幻想的だったのもあり視聴者の不安感を煽り、呪いのCMとかいう噂がたっただけ。
出演者が死んだとかいうのもデマです。以上!
121 :天之御名無主:2005/05/18(水) 224103
埼玉で「とおりゃんせ」?
根拠にならないし、神主さんが語ったからといって。
そんな言葉使う?
>>110
>発祥は川越の三芳野神社で間違いないですよ。
>地元民なんで行ったことあります。歌の縁起の看板も地味にあります。
それじゃどこぞの国が高天原を造ってオリジナルだと言い出すのと変わらない…
>>20 のリンクでは
>ここはどこの細道じゃ
> 天神様の細道じゃ
> 少し通してくださんせ
> ご用のないもの通しません
> この子の七ツのお祝いに
> お札を納めに参ります
> 豆どん豆どん、豆どん豆どん豆どん。
だし
埼玉発祥でも、せめて「通りゃんせ」という言葉の由来が必要
>>108 が近いところにあるような気もするけど、
>「怖い」ものの多くが、実はその時代時代の権力に由来するものであることは、
>民俗学、社会学でも多くを認めているところでもある。
というのと、
>何故「天神」が怖いかと言えば、それは祟り神であることに間違いはないであろう。
は何で途中で怖いものの対象が変わってる?
権力と天神(道真)なんて相反するもの
貴族にとって天神は怖いものだし、庶民にとって怖いのは貴族
122 :天之御名無主:2005/05/19(木) 132313
「天神様参りともいい、江戸時代から殆ど全国に普及した遊戯唄で子取り遊びとする地方もある。
お札をおさめに参りますの部分は天神さんに願かけてと歌う地方もあるそうです。
一説に、江戸幕府の頃、箱根の関所の通行は厳重を極め、手形の無い者は絶対に通さず、
何か特殊な事情(例えば親の重病、主人の危篤など)の場合、関所に哀訴して通してもらった。
その帰りは絶対に許さなかったことを歌ったもの」と岩波文庫のわらべうたに載ってます。
つまり七五三のお宮詣りに、どうか願をかけに行かせて下さい!
と歌っているだけなのではないでしょうか?
べつに怖い歌ではないですよ。
川越の三芳野神社に発祥地の石碑があるのは事実です。
期待して見に行くとガッカリするかもしれないので
初雁球場か本丸御殿(春日局で有名)に行ったついでにでも見てください。
125 :悠:2005/08/29(月) 170653
私が読んだ本には、場所は覚えてないけどやっぱり間引きの歌で「この子の七つのお祝いに」
って部分は七歳までは神のうちって言うように七つのお祝いに天神様に参って子供(直接的な
表現を避けてお札としている)を天神様に返す(首を絞めて殺して埋める)ということでした。
「帰りはこわい」って言うのは子供を置いてきた母親の心理だそうです。なんにせよこういった
童謡はオカルトと結び付けられますね。本来の意味は普通のわらべ歌だったとしても。
かごめかごめも逃げようとした遊女の話とか、姑に流産させられた嫁の話とか。いろんな解釈が可能だからかな?
127 :天之御名無主:2005/09/14(水) 114446
昔は一般的に六歳までは神様に護られてる存在で
家の神棚にはそのお守りとなるお札が掲げてあった
しかし七歳になると、そのお札を神様に奉納しなければならないシキタリがあり
お札を納めた後は、子供はいろいろな災厄に見舞われ易いので親としてはそれが恐ろしい、
つまりお札のない帰りは怖い
129 :天之御名無主:2006/01/27(金) 171318
学校の授業で、この歌の意味を習ったんすけど、やっぱ>>127
とおんなじことを先生が言ってました。
お札返しの歌ですね。
個人的に、>>125みたいな、
民間伝承にはグロテスクな意味が隠されている
っつー解釈には最近おなかいっぱいなんで、
お札返しのほうが納得いく。
146 :天之御名無主:2009/05/24(日) 003726
「りゃんせ」の意味がわからん。誰か現代標準語にしてくれ。
149 :天之御名無主:2009/05/26(火) 113251
>>146
たとえば「通りゃんせ」なら「通りましょう」。または「通りなさい」。
古いいい方で民謡や邦楽などにときおり見られる。
「〜りゃんせ」は「〜またはしなさい。しましょう」の意味。
「踊りゃんせ」なら「踊りましょう」。か「踊りなさい」というほどの意味。
ニュアンスや文脈から見ておそらくそんなものではないかと予想しています。
165 :天之御名無主:2010/05/26(水) 155808
通りゃんせは一種の呪だよ。
天神信仰が閻魔信仰と結びついている点を思い出して欲しい。
口減らし、とあるけど、近いが間違い。
当時は子供の死亡率が極めて高く(一説には5割)安全とされる7歳を超えて生きるのは大変だった。
つまり一人の子供の生の裏にはたくさんの子供の犠牲がある。
天神は賢く子供を育てる神であると同時に、強大な呪い神でもあり、
その子が他の死んだ子達に比して生きるに相応しくないと判断すれば、その子を祟り殺してしまう。
母親はそうはさせじと天神に参ってコトハギを述べて札を奉納し、天神をいい気にさせて許してもらう。
しかし大抵の場合、子供が死ぬのは親に多くの責任がある。衛生、栄養状態の悪い時代でもあるからそれは尚更で、
母親は死んだ子供達の霊に対し申し訳ない気持ちとともに、強い罪悪感と恐怖を感じていた。
つまりその子達が天神に対し告げ口をして、この子を自分達の仲間にするのではないか、という事だ。
天神の元に子供を連れて行くのはその審判を仰ぎにいくという意味があったため「こわい」となった。
ここで通りゃんせの遊びはどうやるかを思い出して欲しい。
腕が降りて捕まった子は、即ち水子の霊達に捕まった、死ぬ、という意味だよ。
167 :天之御名無主:2010/05/27(木) 210536
七五三詣での7つ詣りの際のうた。
赤ん坊はあの世からの縁や能力をこの世に持って生まれ、
これらの年齢はいわゆる厄年でもあります。
赤ん坊〜7才位の幼少期まではまだあの世と繋がっているとされます。
それは、何かの拍子であの世に戻り易く、引き込まれて簡単に死んでしまい易いとされます。
別な信仰では幼少期の童子はあの世から特別な能力を持って来て居るとされ、異能のモノ、神仏にちかい特別な存在(鬼神、神童子)とされます。
七五三詣でではあの世との縁切りを行い、この世に定着化させ、普通の世間一般の人となる為の通過儀礼。
お参り前は霊位の高い悪しきモノを祓よける異能のモノですが、
お参りの後は普通の人になりか弱いモノになるのでお気を付けて・・・
天神さまは現在は学問の神様、菅原道真さまと一般的には思われていますが後からあやかった信仰で、
本来は天候や雨などを司る稜威の高い雷神様。
で昔の人の怖いモノの筆頭。
昔からの怖いモノの例えに、
地震。雷(神成/かみなり=神の怒りの鉄槌=いかづち)。火事(火山噴火)。オヤジ(津波のこと)
雷に打たれる=神成に打たれる=神様の逆鱗に触れて鉄槌を下され成敗される。
そゆ事の無いように、更には神様のご加護を受けられますようにと言うこと。
歌詞の細道はサイドウとも読めます。これは寺社の参道の事。
また、参道は人が産まれ出る母親の産道に同じ。
お参りは産道に入って行き、本殿(子宮)で神仏のご加護を頂いて再生し、参道(産道)を下ってこの世に産まれ変わるのと同じ。
・・・・
168 :竹ノ大イ田力:2010/06/23(水) 044322
それから、「この子の 〜 参ります」っていう部分は
「とおりゃんせの歌」の作詞者は「松尾芭蕉」ですよ…
多分【オリジナル】ではありませんよ…
174 :竹ノ大イ田力:2010/07/08(木) 060952
>>168 の続き
「この子の 〜 参ります」部分がオリジナルでは無いと
思われる理由について
1.「この子の 〜 参ります」だけ妙に俗っぽく感じる。
2.この部分だけ韻を踏んでない。
(「細道じゃ」×2、「せ」と「せぬ」、「よい」と「こわい」)
3.「七つのお祝い」という大事な用事なのに
「ここはどこの細道じゃ?」と「天神さま」への道のりが
わからない様子に矛盾を感じる。
大事なお参りなら道に迷わんように気合を入れるよね、普通…。
4.この部分だけ「お参りに行く人」のセリフが
二節(ふたふし)連続しているのが不自然。歌えばわかる。
(「二」「四」「六」=お参りする人、「三」と「五」=「土地の人」?)
>>158 を参照してね。
つ〜ことで、「六」の部分は「オリジナルの作者」以外の人が
後から付け加えたものと決定して無視したいのですが、
みなさん どうでせう。
175 :天之御名無主:2010/07/14(水) 030513
すべてあなたの「感じ」だけですか?
195 :天之御名無主:2010/07/29(木) 124706
イザナギの黄泉の国へ行く話の、別バージョンか
別の氏族が伝えたバージョン
196 :天之御名無主:2010/07/29(木) 233324
津田左右吉のどこが科学的なんだよ
197 :祖我神夷:2010/07/31(土) 003044
>>195 面白そうなので トータル解釈 の 発表キボンヌ…
>>196
津田先生は 記紀などの 文献批判(特に神代)をした方ですが
確かに 主張に問題点が無いわけでもない…
でも 戦前・戦中の「皇国史観」で がんじがらめ だった史学会の
連中よりも よほど「科学的な態度」で 研究した方だと 思うよ…
先生の考え方を要約すると
「記紀の内容が 現在まで残っているから それが真実とは限らない」
「残っていない 史料に 真実が述べられていた可能性もある…」
ってな 感じだったと思う…
要は 「とうりゃんせ 川越・三芳天神説」が
一般的に知られているからと言って それが真実とは限らない…
いつ どこで 誰が 作詞したか 明確でない 以上は
いろんな可能性を 捨て去ってしまうべきでない
ってなことを 言いたかったわけなのです…。
198 :天之御名無主:2010/08/17(火) 120843
わざわざ怖いようにする必要ない。
子供が7つになり、神の庇護を受けるためのお札を返すから帰りは怖いということ。
7つまでは神のうち、と言うのは日本各地で見られる。
7つまでに死んだ子供は大人とは別の地蔵だけのお墓にし、
仏にならないようにすることで生まれ変わりやすくする風習もある。
いちいち怖く解釈したくなる曲調なのはわかるけど。
2ちゃんねる
のURL:http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/min/1042836010/powerd by neetneed.net

昔から呪われていると聞いた。
切り裂きとうりゃんせと、切り裂きジャック・・・関係はあるのだろうか?
とうりゃんせの夢を見たらどうなるなるの?
7歳くらいの頃、この夢を何度も見ました。坂の上で女の人が何人かでとうりゃんせを歌ってるのが聞こえてきて、私は車の後ろに乗っていて、運転席に父、助手席に母が乗っています。坂の途中までは、両親は乗っていましたが、坂の途中に二人は私をおいて車の外へ出て行ってしまいます。止めても行ってしまいます。そのあと、車は誰も運転していないのに勝手にゆっくり坂を登っていきます。私は怖がっていて・・・。 ここで夢は終わりです。いったいどんな意味があったのでしょうか? 何十年たっても忘れられません。 誰か教えてください